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コラム

2022.01.07

◆赤本講演録勉強会報告◆「むち打ち症以外の原因による後遺障害等級12級又は14級に該当する神経症状と労働能力喪失期間について」弁護士:谷尻 和宣

この記事を執筆した弁護士
弁護士 谷尻 和宣

谷尻 和宣
(たにじり かずのぶ)

弁護士法人一新総合法律事務所 
理事/松本事務所長/弁護士

出身地:京都府 
出身大学:京都大学法科大学院修了
主な取扱分野は、交通事故、相続。そのほか、離婚、金銭問題など幅広い分野に精通しています。
保険代理店向けに、顧客対応力アップを目的として「弁護士費用保険の説明や活用方法」解説セミナーや、「ハラスメント防止研修」の外部講師を務めた実績があります。

1 はじめに

弊事務所では、事故賠償チーム、家事チーム、企業法務チームといった専門チームを設け、各分野においてより専門的、先進的なサービスを適切迅速に提供できるよう、日々研鑽を積んでおります。

中でも、事故賠償チームにおいては、交通事故に関する見識を深めるために、毎月勉強会を実施しています。

本コラムでは、「むち打ち症以外の原因による後遺障害等級12級又は14級に該当する神経症状と労働能力喪失期間」について、弁護士同士の対話形式で解説します。

2 後遺障害による労働能力喪失期間について

(※以下、兄弁護士⇒兄弁、弟弁護士⇒弟弁と表記します。)

弟弁:先生、後遺障害による労働能力喪失期間について質問してもいいですか?


兄弁:どうしましたか。


弟弁:交通事故の解説書によると、むち打ちが原因となる神経症状の場合、労働能力喪失期間を後遺障害等級12級に該当するときで5年から10年程度、14級該当のときで5年以下に制限することが多いとあります。


兄弁:実務ではそのような考え方が一般的ですね。


弟弁:さらに、むち打ちが原因以外の神経症状の場合でも、同じように労働能力喪失期間を限定することが多いそうです。

しかし、これって理論的にはおかしいと思うのですが。


兄弁:なるほど。どんな点がおかしいと思いますか?


弟弁:そもそも、後遺障害とは、「永久に機能障害が残存した状態」を言うのですよね。


兄弁:そのように定義されますね。


弟弁:この定義からすると、機能障害が永久に残存するわけですから、喪失期間は就労可能年数、すなわち67歳までフルに認められないとおかしいのではないでしょうか?5年以下や10年程度に限定するのは、後遺障害の定義と矛盾するように思います。


兄弁:興味深い点に気がつきましたね。

先生のおっしゃるとおり、理論上の定義と実務上の扱いには乖離が見られるようです。

今度時間を取って学説や裁判例について勉強してみましょうか。


(1週間後)

兄弁:学説の状況はいかがでしょう。


弟弁:『赤い本2007(平成19年)版』の下巻にある講演録を大いに参考にさせていただきました。

まず学説で労働能力喪失期間を限定する根拠としては、以下のものが挙げられます。

①単なる神経症状の場合は、将来における改善が期待される

②訓練や障害への慣れ(馴化(じゅんか))によって職業能力が回復する可能性がある

③特に、若年の被害者の場合、障害が支障にならない職業を選択したり転職したりする可能性がある


兄弁:後遺障害による逸失利益は、

基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間(※それに対応するライプニッツ係数)」

という計算式で算定しますが、②や③の見解は、仮に機能障害が永久に残存するとしても、努力や職業選択により労働能力の喪失をカバーできる場合があるという考え方ですね。


弟弁:はい。

他方、労働能力喪失期間を限定することに否定的な根拠としては以下のものが挙げられます。

①論理的には労働能力喪失期間は稼働可能年齢いっぱいにならないとおかしい

②医師の意見など医学的な裏付けもなく症状の改善が見込まれるとするのは不合理である

③障害によるハンディキャップの不利益はむしろ時間とともに大きくなるというのが実体験に合致する

④訓練や慣れといった被害者の負担・努力の成果を損害賠償額の減少という形で加害者に帰すべきいわれはない


兄弁:なるほど。

交通事故を含む不法行為制度には、「損害の公平な分担」という理念があります。

そうすると、④の意見などは非常に鋭い指摘ですね。

裁判例はどうですか。


弟弁:この赤本講演録では、全部で71件の裁判例が以下のように整理されていました。

まず、後遺障害等級12級に該当する事案は以下のようになります。

労働能力喪失期間 件数
10年以下に限定したもの 14
10年以下に限定しなかったもの 28

兄弁:大部分が就労可能年数までの喪失期間を認めていますね。


弟弁:続いて、後遺障害等級14級に該当する事案では以下のようでした。

労働能力喪失期間 件数
5年以下に限定したもの 14
5年以下に限定しなかったもの 15

5年以下に限定しなかったものでも、就労可能年数まで認めたものは半数程度で、若年被害者の事案は皆無のようです。


兄弁
:たいへん興味深いレポートですね。裁判例はどう分析しますか。


弟弁
:裁判所は、神経症状の場合、障害が永久に残存するものとはそれほど厳密に考えていないように思います。

むしろ軽度な神経症状については、そもそも永久残存性はないと考えているようです。


兄弁
:そうすると、後遺障害については定義どおりではなく緩やかに捉えているのでしょうか。


弟弁
:障害が永久に残存しないというのであれば、厳密には後遺障害には当たらないように思われます。

ただ、そうした事案をすべて後遺障害には該当しないとしてしまうのではなく、障害が消滅するまで比較的長期間継続している「後遺症」であればひとまず「後遺障害」と認定したうえで、喪失期間で調整しているように考えられます。


兄弁
:確かに、機能障害が永久に残存するかどうかを見極めるために5年や10年も経過を観察しなければならないとすれば、事件が相当長期化してしまいますね。

通院に伴う被害者の負担も小さくはありません。

それでは、労働能力喪失期間を5年ないし10年に限定するのが相当ではないという事案で、具体的な喪失期間としては、裁判例ではどの程度が認定されているのでしょうか。


弟弁
:あくまで事案ごとの判断ですが、被害者が比較的高齢の場合は就労可能年数(67歳)まで認められる可能性が高いようです。

逆に、若年の被害者であればあるほど就労可能年数まで認定される可能性は低くなります。


兄弁
:それは、若い人ほど努力や訓練で機能障害を克服しやすいし、転職の可能性も広がるという理由によるのでしょうか。


弟弁
:そういうことだと思われます。


兄弁
:ここまでは労働能力喪失期間の長短について検討して来ましたが、別の要素に着目している裁判例はありますか?


弟弁
:神経症状が痛み(疼痛(とうつう))を中心とする場合には、労働能力喪失率で調整する裁判例もありました。この裁判例では、被害者の症状固定時の年齢が31歳で、労働能力喪失期間は67歳までの36年を認定しているのですが、最初の18年間は14%、後の18年間は5%と喪失率を低減させるという考え方を採用しています。


兄弁
:なるほど。

とても勉強になりました。

ところで、喉も乾いたのでビールでも飲みに行きましょうか。


弟弁
:いいですね。

行きましょう。

(終わり)

参考文献:小林邦夫「むち打ち症以外の原因による後遺障害等級12級又は14級に該当する神経症状と労働能力喪失期間」(『損害賠償算定基準2007(平成19年)版下巻』)


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